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岡島紳士のテキストサイトです

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●20190712(金)

僕は根本的に心の清い善人であるので、人に良く道を聞かれる。


THE BOOM - 気球に乗って

最近風呂場で聴いてるCDはTHE BOOM「サイレンのおひさま」。

中学生の頃、ユニコーンもTHE BOOMも遊佐未森も兄の部屋にあった。借りパクしたまま今も部屋の棚に並んでいる。永井真理子、東京少年、織田裕二、米米CLUBも大量に兄の部屋にあったが、それはどうでも良かった。ただ当時の永井真理子は神がかって可愛い。



●20190711(木)

今までで一番見返した回数が多い映画は「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」。

定期的に観返したくなる映画のワンシーン。
「台風クラブ」の下着姿で中学生が歌い踊るとこ。
「その男、凶暴につき」の「どいつもこいつもキチガイだ」。
「ポルノスター」のナイフが空から降って来るとこ。
「ストリートファイターII MOVIE」の春麗VSバルログ。
「20世紀ノスタルジア」の「滅亡まで」。



●20190710(水)

ビックリマンとキン消しだけは未来永劫買い続けてしまうと思う。開封する時のドキドキ感がいつまでもなくならない。ビックリマンは悪魔天使お守りが出る確率とか、キン肉マンのガチャガチャも100円でカプセルに塩ビ素材のが3体入ってるとか、全部元に戻ればいいのに。



●20190709(火)

タイムスリップしたみたいだ。



●20190708(月)

2000年以降に起こった出来事の時系列が全て曖昧で、かつ全部すぐ前のことにように思える。学年がないと記憶と時間が結びつかない。



●20190707(日)

「田原音彦と相馬裕子のはいぱぁナイト 水曜日」「杉原徹と野咲たみこのはいぱぁナイト 火曜日」をおそらく20年近くぶりに聴いているのだけど、パーソナリティー4人の声が異常なくらい優しい。オールナイトニッポンとか、いろんなラジオ番組を聴いて来たけど、比べものにならないくらい、抜群に優しい言葉遣いと声色でリスナーに話し掛けている。94年9月、はい水が終わった時に絶望的な気持ちになった理由がよく分かった。自分にとって音さんといえばオトノチカラではなく田原音彦。



●20190706(土)


田原音彦 - 逢いにいきたい



●20190705(金)

インターネットを始めたのは97年で、理由は広末の情報を集めたかったから。当時巡回して読んでいたのは有名なテキストサイトとかじゃなく、詩とか短編小説を載せている、マジな感じの文芸サイトだった。文芸とはいえそこまで硬くはなく、コジャレ系ほど見栄をはっていない、くらいの温度感。そういうコジャレ系と一番違っていたのはアクセス数だろう。見られているという自覚がないからこそ人の本音が吐き出されていて、新鮮だった。ネットに顔を晒すことがタブーとされていた時代。



●20190704(木)

逆に投稿して読まれなかったのは、たしか94、95年頃の「ナインティナインのオールナイトニッポン」に1回と、96年くらいの「広末涼子のがんばらナイト」に数回。
昨日、ついに「はいぱぁナイト」の火曜日と水曜日がネットにアップされ出していたのを発見し、胸を締めつけられていたのだった。



●20190703(水)

ハガキを投稿して初めて読まれたのは93、4年(中1、中2)くらいのKBS京都「杉原徹と野咲たみこのはいぱぁナイト」。何らかのネタハガキだったと思う。その後「田原音彦と相馬裕子のはいぱぁナイト」でも何かのコーナーに投稿して、ペンネーム(忘れた)だけ読まれた。

ハガキ職人のようにほぼ毎週ネタハガキを読まれていたのは96〜97年(高1、高2)あたりのニッポン放送「ロンドンブーツ1号2号のオールナイトニッポン 2部」。2人が交互にハガキを読むスタイルだったが、何故か亮さんにばかりに読まれていた。当時のペンネームは「膣外腰パン」。ある日突然ディレクターらしき人から電話があり「今日放送中に電話するかも」と言われ、朝5時まで寝ずにずっと待機するも、結局何の連絡もなかった、ということがあった。あれは一体なんだったんだろう。特にリスナーに電話するコーナーがあったわけでもなく、全く意味が分からなかった。

当時は広末ブームで、ロンブーのANNでも広末の話題が出ることが多く、番組から「広末涼子2ndシングル『大スキ!』サイン入りバンダナ」を広末の最もアツイ情報を送って来たリスナーにプレゼントする、という企画が行われたことがあった。便箋10枚くらいに広末の家族構成とか友達の名前とか部屋の間取りとか(全部雑誌やラジオ番組などのメディアで本人が発していた情報)をビッシリ書いて送ったら当選。電話でロンブーの2人から「お前しかいないと思った」と言われた。他のリスナーはハガキばかりで、便箋を使って送って来ていたのは自分だけだったらしい。以前の「今日電話するかも」の連絡は何だったのか、は聞けずじまいだった。

ロンブーのANNに投稿していたのと同じ時期くらいに、92〜94年にオールナイトニッポンをやっていた清水宏が一度だけ何故か臨時でオールナイトのパーソナリティーだかをつとめたことがあり、そこで送ったFAXが読まれたこともあった。

20歳以降はミリオン出版の雑誌「GON!」の「おはがきスタジアム」に投稿してわりと掲載されていた。既にインターネットが普及していたので、雑誌「ファミ通」の「ファミ通町内会」など、あらゆる投稿コーナーで常連となっていた薦田拓大と知り合い、「一緒に同人誌を出しませんか」と持ち掛けられ、お互いネタ出しを進めていた。彼のサイトの更新が途絶え、雑誌の投稿コーナーに彼の名前が載らなくなって行くにつれ、同人誌の話はなくなっていった。薦田拓大は今一体何をしているんだろう。



●20190702(火)

「どうせ観返さないのに」。テレビ番組のビデオ録画を日々のルーティンとしている在宅派オタク、彼らに対する攻撃として投げ掛けられる、最も代表的なフレーズだ。それに僕はいつもこう返して来た。「観返すために録ってると思うのか?」。2010年代序盤あたりまでの話だ。

しかし今、良い悪いを別にして、ほとんどのテレビ番組はその日のうちに誰かが動画共有サイトなりにアップロードする時代となった。オフィシャルで見逃し配信が行われる番組も少なくない。いつの間にか我々在宅派録画系オタクは、日々の録画地獄から、あの強迫観念から、解放されていた。「ショーシャンクの空に」のモーガン・フリーマンのような気分だ。トイレに行くのに許可を取らなくていいのか?自由になった魂を抱えて、僕らはどこへも行けず、ただふわふわと浮かんでいる。ロープに手を掛ける前に、大事な人から連絡が来るのを待っている。



●20190701(月)

封じ込められた内田裕也の火事場のクソ力を取り戻すため、運命の予言書を焼かれ存在を消されてしまったジョー山中、安岡力也、桑名正博の3人が邪悪大神殿に乗り込んで行く。



●20190630(日)

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あとこれこれ



●20190629(土)

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https://www.instagram.com/p/BkcyJJElLSF/



●20190628(金)



映画で言うと「20世紀ノスタルジア」が一番好きで、理由はいろいろあれど、監督の妄想をアイドル・広末涼子にストレートにぶつけた本当に気持ちの悪い内容だから。監督の、広末に救われたくて救われたくて仕方がない、という欲求が激しく伝わってくる。監督が観客のファン男性と全く同じ立場にいる。広末のことを当時「女優菩薩である」と評したり、「小津安二郎の原節子三部作みたいに、広末涼子三部作を撮りたい」「広末で実写版ナウシカを撮りたい」と発言したりと、もうあからさまで、隠そうともしていなかった。ナウシカ役:広末涼子。何も言うことがない。実際、主人公の片岡徹(つまり我々)は当初失踪して死ぬ予定だったものの、脚本を読んだ広末に監督が「なんで死ぬんですか」と詰められ。主人公は死なずに帰ってくるというストーリーに変更されたそうだ。かつ、なんで主人公が帰って来たかというと、主人公の残したバッドエンドで終わる映画を広末が勝手に追撮、編集して、ハッピーエンドに改ざん、それを観た主人公が救われたから。我々の願望が忠実に表現されているし、監督(主人公)の単なるドキュメンタリーでしかない。そして作品にまつわる広末のインタビューを読む限り、そんなことは微塵も伝わっていないところも含めて、作品として完成されている。

頻繁にHi8のカメラを持って自撮りで歌い踊る“ミュージカル映画”だったことから、同作品は当時“電波映画”などと言われ、ほとんど評価されなかったし、今もその評価は揺るぎない。「広末に作った映像を勝手に改ざんされてハッピーエンドにされたら救われるに決まっている」、この感覚が理解できれば傑作だし、理解できなければ駄作となる。つまり「広末が可愛い」ということが作品の根幹で、ストーリー展開の全ての動機付けになっており、真に正しい意味での“アイドル映画”だということだ。

公開は1997年夏。その2年半後、監督(当時49歳)は広末と同い年の女性と結婚する。縁あって僕はその撮影隊に参加し、式の様子を映像におさめた。素材はその後の作品に使うということだったが、どうなったんだろう。



●20190627(木)

90年代が好きなんじゃなくて、90年代から抜け出せなくて、何度も何度もぐるぐるぐるぐる90年代を繰り返してるだけ。2019年、今年は3回目の1999年だ。



●20190626(水)

今最も面白いと思うマンガはジャンプ+で連載中のKAITO「青のフラッグ」で、毎月扉絵を見るだけで泣きそうになるほど。作者が今作は表情の描き方に力を入れてるとどこかで書いていて、まさにそういう感じで、そこが新しいし上手い。ジャンプ本誌連載の「クロス・マネジ」もかなり好きだった。ヒロインがアイドルの概念をそのまま具体化させたような存在でただただ美しい。

あだち充と冨樫義博が最も好きな漫画家なのだけど、あだち先生がご高齢(68歳)のためか、最近絵に色気がなくなり、ストーリーも牧歌的要素が濃すぎて、なかなかどうだろうと思っていたところ。結局ジュブナイルもの、思春期ものの作品ばかりを好きになる。KAITO先生があだち先生の後継者とは思わないけど、そんな、なかなかどうだろう、という気持ちをやや落ち着かせてくれる。あとジャンプ本誌の「呪術廻戦」は冨樫チルドレンのひとつだと思って楽しんでたけど、「チェンソーマン」が始まったらどうでも良くなってしまった。

あだち充はその時代時代によって流行ってるグラドルの体型をそのまま女キャラに投影させるくらい女体に病的に執着しているのが大きな魅力だが、そこはあまり語られない。実兄との関係を作品を変えながらも延々と描き続けている狂気の人だ。



●20190625(火)


川本真琴 - 10分前

96年のデビュー曲「愛の才能」から00年の6枚目のシングル「微熱」、あと97年の傑作1stアルバム「川本真琴」。このあたりまでの川本真琴は高校生から10代終わりくらいのモラトリアムで不安定なあの時代の感覚についてばかりずっと繰り返し歌ってて、最高以外の何ものでもない。


川本真琴 - やきそばパン

当時出演していた主要なテレビ番組は全てビデオテープに録画保存している。カビが生える前にHDにデジタルでダビングしなければならない。88年から91年くらいまでのテープには既にカビが生えている。


川本真琴 - ドーナッツのリング (Live)

DNA」や「」の時も好きだが、この時のトークの時の髪型、ビジュアルが本当にヤバイ。人を殺める力がある。



●20190624(月)

先々月くらいに故郷の町のプロモーションサイトを発見し、チェックを開始した。地元の食い物屋の紹介&店主へのインタビューや、祭りのレポートとかが毎日更新されている。なんでフォローしたかと言うと、そのうち過去の同級生とかが出て来るんじゃないかと思ったから。したらついにこの間、同級生が現れた。親の跡を継いで職人になり、ついでに山奥の作業場を改造してオシャレなカフェを開店していた。山奥だから全然人が来ないらしい。「全然人が来ないんですよ」。笑顔を向ける彼。中学、高校の同級生で、全く喋ったことはないが、2回くらい同じクラスになったことがある。(僕は中学、高校と校内で一言も喋らない方針の生活を採用していた)。39歳になった彼が、モニターの中から、こちらを見ていた。店内にはなんかよく分からない植木みたいなオブジェとか、京都らしい和物的オシャレアイテムが程よい間隔で置かれている。田舎だから店内は十分に広く、都会の店のように所狭しとオシャレアイテムを並べる必要がないのだ。

中学、高校当時、クラスメイトの会話をラジオのように毎日聴いていた。



●20190623(日)

NEWKIDS




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